1.なぜ サステナビリティ・インサイト なのか
ステレオタイプに見た不特定多数の顧客に画一品を販売する時代は終焉し、自分の個性を大切にする個客に経験価値を提案して販売する時代となりました。そして、今は、顧客の意識はサステナビリティへと向かっています。
顧客が気づいていない隠れた叶えたいこと(カスタマ・インサイト)をあぶりだし、商品として提供する価値(コンシューマ・インサイト)として描き出して新たな消費を促すと同時に、今日では、顧客のサステナビリティ・インサイトに訴求する価値提案をしなければなりません。(サステナビリティ・インサイトについては 「バリュー・プロポジション(インサイトとフォーサイト)」 のページをご参照下さい )
2.社会を俯瞰して、社会の在り様を捉える
社会を俯瞰すると言っても、社会には実体(物体)としての存在はありません。1950年代に、米国の社会学者のタルコット・パーソンズは『社会は、個人が価値観に基づいて行動を選択する仕組み(パターン変数)、その行動に影響を与える背景要因(説明変数)、そして、社会全体のバランスを保つために必要な4つの機能要件(AGIL)によって成り立っており、個々の行動選択は背景要因によって影響を受け、その選択が積み重なって社会全体の安定と変化が調整される仕組みになっている』と主張しています。(パーソンズ派の行為理論(構造機能主義))
一方、1960年代以降に、ドイツの社会学者であるニクラス・ルーマンは、パーソンズが主張した個人の行動を重視する立場とは異なり、『社会は、個人が主体となって作るものではなく、コミュニケーション(情報・伝達・理解の連なり (佐藤 2008 #1 pp.199-205) )そのものが積み重なり、つながることで成り立つ』と主張しました。情報がやり取りされ、それが次のコミュニケーションへと連鎖することで、社会は動き、変化していくという考え方です。たとえば、組織での会議、地域の対話、国際的なやり取りなど、こうした連続するコミュニケーションの過程そのものが社会全体の変化を生み出していくということを想像してみれば分かりやすいと思います。(社会学におけるコミュニケーション論)
社会を、人の行動によって定義するか、コミュニケーションによって定義するかの違いがありますが、グローバルネットワークを介して個々人もコミュニケーションに参加している今日の社会を俯瞰して眺めてみれば、「コミュニケーションによって流動的に変化していく社会の在り様」を捉えていくことの方が現実に合っていると考えられます。
3.危機に立たされている「サステナビリティ社会」
「コミュニケーションによって流動的に変化していく社会」の結果として、世界中で、ポピュリズムが台頭するようになってきました。それこそが「サステナビリティ社会」の危機の本質でもあります。
3.1. 社会に構造があるのではなく、人の意味づけの仕方に構造があることによる危機
上記のように考えると、社会にモノのような構造があるのではなく、むしろ、コミュニケーションによって合意形成される意味づけの仕方に構造があると言えます。経済発展の代償として生じた社会問題を解消する現在の社会は「サステナビリティ社会」を目指していると言われていますが、実際には、それは人々の合意によって創り上げてきた「意味づけ」に過ぎないのです。
現に、日本や欧州では、人手不足に伴う人件費や様々な原材料の高騰によって洋上風力発電の新設が縮小や先送りになっています。米国では、反DEI(Diversity, Equity, and Inclusion)の強風が吹き荒れています。これまでの合意に基づく「サステナビリティ社会」の「意味づけ」が変化してきていることにより、その土台ごと危うくなりつつあるのです。
- 気候変動への意識の変化
- 日本経済新聞 2024.11.17 記事 洋上風力計画 欧米で縮小 昨年の新規発電5割相当 開発費の膨張響く
- 日本経済新聞 2025.2.7 記事 洋上風力、日本も試練 三菱商事が損失522億円 4~12月 調達・建設コスト上昇、米欧で撤退相次ぐ
- DEIへの意識の変化
- 日本経済新聞 2025.1.20 記事 マクドナルドもメタも転換…DEI推進の「反動」なぜ?
- 日本経済新聞 2025.1.23 記事 トランプ政権、反DEIで官僚機構に大なた 企業に波及も
- 日本経済新聞 2025.2.6 記事 トランスジェンダーの女子競技参加禁止 米大統領令
3.2. コミュニケーションの在り様の変化がもたらす危機
「事実」も捉え方によって意味が異なります。社会に構造があるのではなく、人の意味づけの仕方に構造があるため、「事実」が必ずしも唯一の「事実」でないことに留意しなければなりません。
当然のことながら、コミュニケーションの在り様が社会の在り様に大きく影響します。SNSが個と社会の双方向の関係を変化させて、アテンション(映え)の経済社会化や偽情報や誹謗中傷などの社会問題を引き起こして、今日の社会の在り様を変えています。
[補足] 生成AIやAIエージェントが変えるコミュニケーションも検証しなければならない
生成AIが人の意味づけの仕方を変えてきているのは経験的に確かなことです。今年は AIエージェント元年と言われていますが、推論によって自動的に意味づけをすることになります。さらには、AGI(Artificial General Intelligence、汎用人工知能)も、早晩、実現されることでしょう。こうしたテクノロジーの進化がコミュニケーションの在り様をどのように変えるか、社会実装される前に検証されなければならないと思います。
4.「サステナビリティ社会」の危機を乗り越えて発展させていく
気候変動や反DEIに見られる社会分断は、現在の論議の中心です。これらの問題は、現在世代のものだけではなく、将来世代の人たちにも大きな影響を与えるため、「サステナビリティ社会」を成功させる挑戦を諦めることはできません。では、どのようにしたらこれを実現できるのでしょうか。
4.1. アウフヘーベンによるコミュニケーションの調整
タルコット・パーソンズのパターン変数には「情動対中立」(Affectivity vs. Affective Neutrality)があります。人と人の会話は時として情動に引きずられることがあります。しかし、情動に振り回されると全体が見えなくなってしまいます。また、限定合理性の下での判断は正常性バイアスや現状維持バイアスにも引きずられます。そこで「冷静に中立な立場に立つ」ことで、相互に納得のいく解決の道を見いだすことが可能になります。これは、ヘーゲルの言う「アウフヘーベン」のプロセスとしても意義のあることです。
4.2. 公正なデータに基づくデータドリブン・アプローチと冷静に判断できるスキルを基盤としたコミュニケーションの仕組み
「冷静に中立な立場に立つ」の拠り所は、事実を示すデータによるファクトファインディングです。しかし、先に記したように、「事実」が捉え方によって必ずしも唯一の「事実」とは限りません。社会に視座を高め、透明性があり客観性のある公正なデータを唯一つの拠り所として、様々な視点から「事実」を捉え、意味づけを行い、検証する必要があります。
テクノロジーの進化によってコミュニケーションの在り様が変化し、社会も流動的に変化していきます。私たちは、こうした新たな変化の在り様に惑わされることのないようにしなければなりません。このためにこそデータドリブンによるアプローチが求められます。この意味で、「データドリブンの要件」も再評価されるべき時期にきています。そして何よりも、AIが人間の思考を代行するようになっていけばいくほど、情報の真偽を見極めて判断できるスキルが重要になってきています。
4.3. コミュニケーションの積み重ねによるサステナビリティ・インサイトの探求と価値提案
「サステナビリティ」は、経営理念でもなく、リスク対応のテーマでもありません。これからの企業には、その根底に「サステナビリティ社会」への優れたインサイト(サステナビリティ・インサイト)がなければなりません。サステナビリティ・インサイトを深く探求し、顧客に価値として提案して「サステナビリティ社会」を実現していくことが求められているのです。
サステナビリティ・インサイトは、主観的な解釈に頼ることなく、実証可能な事実と社会的合意によって支えられたものでなければなりません。①テクノロジーの進化が引き起こす新たな変化の在り様に適応しうるデータドリブン・アプローチ、②情報の真偽を見極めて判断できるスキルを持った人々の連携、③それらを基盤としたコミュニケーションの積み重ねという地道な努力によって築き上げられていくものなのです。
【補足説明】
- パターン変数と説明変数 (Copilot)
- パターン変数:① Adaptation(適応) 社会が環境の変化に適応する機能、② Goal attainment(目標達成) 社会が設定した目標を達成するための機能、③ Integration(統合) 社会の構成要素を統合し、協力させる機能、④ Latency(維持) 社会の価値観や文化を維持し、次世代に伝える機能。
- 説明変数:① 情動対中立(Affectivity vs. Affective Neutrality)「情動」感情や個人的関係が行動に影響を与える。「中立」感情や個人的関係が行動に影響を与えない。 ② 特定対普遍(Particularism vs. Universalism)「特定」 特定の個人や状況に基づいて行動を判断する。「普遍」普遍的な規則や原則に基づいて行動を判断する。 ③ 成績対属性(Achievement vs. Ascription)「成績」個人の成果や業績に基づいて評価される。「属性」個人の属性(例: 出生、家族背景)に基づいて評価される。 ④ 個別対集団(Self-Orientation vs. Collectivity-Orientation)「個別」個人の目標や利益を優先する。「集団」集団の目標や利益を優先する。 ⑤ 特異対拡大(Specificity vs. Diffuseness)「特異」特定の役割や状況に限定された関係。「拡大」複数の役割や状況にまたがる広範な関係。
Copilot が引用したサイト:【動画解説つき】タルコット・パーソンズのAGIL図式とはなにか、意味についてわかりやすく簡単に説明
本メルマガは弊社ホームページのコラム “未来への歴史” と連携して作成しています。 “未来への歴史” という名称は、サステナビリティの未来社会を思い描いて日々書き綴った記事を「思考の歴史として振り返ることができるようにしよう」と意図して命名したものです。
【本メルマガに関連するコラム】
- #315 戦略眼と現実解 カスタマー・インサイトへのデータドリブン・アプローチ
- #316 戦略眼と現実解 サステナビリティ・インサイトとデータドリブン・アプローチ
- #317 戦略眼と現実解 データドリブン・アプローチのアルゴリズム
【過去のメルマガとコラム】
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【関連する当社サービスコラム】
【参考文献】
- 佐藤俊樹、『社会学の方法:その歴史と構造 (叢書・現代社会学 5) 』,ミネルヴァ書房, 2011.9.30