#319 戦略眼と現実解 ダイナミック・アブダクション というコンセプト

 現代のビジネス環境は、社会構造、価値観、技術、制度が複雑かつ動的に変化する中で、固定的な戦略思考だけでは未来を構想することが困難になりつつあります。このような環境に対応するために私たちが着目したのが、「ダイナミック・アブダクション」というAIを用いた新しい戦略構想の枠組みです。

1.アブダクションとは何か

 アブダクション(Abduction)とは、アメリカの哲学者チャールズ・サンダース・パースによって提唱された推論形式で、観察された事実に対して最ももっともらしい仮説を構築する思考法です。

 演繹(deduction)が「一般的な前提から論理的に個別の結論を導く」ものであり、帰納(induction)が「個別の観察から一般法則を抽出する」ものであるのに対し、アブダクションは「驚きや異常な観察結果に対して、それを説明するための仮説を創造的に構築する」プロセスです。

1.1. 直観的なアブダクションの事例 (ChatGPT 4o によって作成)

  • 会社の業績は伸びているのに、社員の会話が減り、離職者が増えているとします。多くの経営者は「忙しいからだろう」「福利厚生に問題があるのでは」と考えますが、アブダクション的な思考では、「社員は“会社の目的が見えなくなっている”のかもしれない」という仮説が生まれます。この視点から、福利厚生よりも“パーパスの再定義”が必要であるという新しい価値判断が導かれるのです。
  • 地方創生において、雇用政策を強化しても若者の流出が止まらないという現象があります。通常は「賃金が低い」「選択肢が少ない」と考えますが、アブダクション的には「若者が地域に未来を感じていないのかもしれない」という仮説が浮かびます。これにより、施策の焦点は“仕事”ではなく、“地域の誇りと物語”の創出へと転換される可能性があるのです。
  • サステナビリティの文脈では、リサイクル施策を進めても廃棄物が減らないという現象があります。技術や分別の問題と考えるのが一般的ですが、アブダクション的な視点では、「消費のあり方そのものが変わっていないのではないか」という仮説が導かれます。この場合、必要なのは“技術革新”ではなく、“ライフスタイルそのものの再設計”であるという本質的な問いかけになります。

1.2. アブダクションとは、ものごとを望み見る窓でもある

 私たちは、日々の経営や社会のなかで、予測不能な出来事や、説明のつかない現象に出会います。そのとき私たちは、データを分析し、パターンを見つけ、過去の経験をもとに対処しようとします。しかし、それだけでは届かない“問いの深層”が確かに存在します。

 アブダクションとは、その深層に通じる「小さな窓」です。それは、現象の背後にある見えない構造や意味を、もっともらしい仮説として見出そうとする思索のはじまり。演繹や帰納とは異なり、確実な正しさではなく、「まだ語られていない可能性」に賭ける知の営みです。

 この“窓”の構図は、「4象限モデル」として表現できます。縦軸には「自分たちが肌感覚で捉えることのできる世界/できない世界」、横軸には「過去から見た現在/現在から見た未来社会」という視点を置くと、次のような4象限が立ち現れます現れます。

  • 【左下】限定合理性の世界: 知っている世界。予定調和や経験則によって構成される、予測可能な現在。私たちが日常的に、物事を捉えて洞察している世界・
  • 【右下】予測される未来:制度改革やDXなど、現在の延長線上で想定される“線形的な未来”。
  • 【左上】忘れられた過去:異質な歴史や見落とされた他者の視点など、私たちが捉えてこなかった別の過去。
  • 【右上】アブダクションの未来:直感では掴めない、予測不可能な社会構想。創造的飛躍によって描かれる未来像。

 これらの象限のうち、左下(限定合理性の世界)は私たちが日常的に使っている視野であり、いわば“閉じられた窓”です。しかし、その他の3象限、特に右上の「アブダクションの未来」は、思考の枠を超え、新しい意味や価値を捉えるための“開かれた窓”となります。

 アブダクションとは、ものごとを望み見る窓。その窓を開けることで、私たちは限定された現実を超えて、創造と変革の物語を描きはじめることができるのです。

2.ダイナミック・アブダクションのコンセプト

 当社が構築した「ダイナミック・アブダクション」は、このアブダクションの考え方をAIによって高度化し、現実の社会構造や市場環境、倫理的・制度的な対立軸、技術的トレンドなど、複雑で動的な文脈を踏まえて、戦略的仮説をリアルタイムに再生成していく知的推論モデルです。

 「ダイナミック」であることの意味は、未来が静的ではなく絶えず変化し続けるという前提に立つことにあります。それゆえに、思考もまた変化し、常に仮説を更新し続ける必要があります。

2.1. バリュー・プロポジション創出との関係

 この推論エンジンは、顧客・消費者の顕在的・潜在的インサイトと、社会的価値・技術的制約・倫理的観点など、多層的な視点を統合しながら、単なる製品機能の差異ではない、本質的な「価値提案(バリュー・プロポジション)」を構築します。

 このバリュー・プロポジションは、「何を、なぜ、どのように提供するのか」という問いに対して、AIが構造化された知識ネットワークと動的推論を通じて提案を行うことで、ブレインストーミングや経験値ではたどり着けない新たな可能性を開くものです。

3.社会的思考の拡張としてのAI

 当社では、AIを単なる道具としてではなく、思考を拡張するパートナーとして捉えています。ダイナミック・アブダクションは、AIが人間の思考の限界を補完し、より広く、深く、複雑な問いに対して、ともに構想を描き出すための知的アーキテクチャです。

 この技術は、バリュー・プロポジションの創出のみならず、企業戦略、政策設計、社会課題解決など、あらゆる構想活動に応用できる知の共創基盤として、今後さらに展開していきます。

  

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)