“勘と度胸”に頼れば良いと考えるほど、世の中は単純視できなくなってきていますし、激しい変化と競争の時代に上手くやっていける幸運が、次々に訪れてくるという保証はどこにもありません。
変化のスピードが速ければ速いほど、変化を少しでも早く、兆しの段階から先取りして(あるいは、自ら変化を巻き起こして)、競争優位を確立し、他社が追いつく前に、先行者メリットを獲得し投資を回収しなければなりません。
しかし、多様性が求められる現在では、様々な視点から事象を捉えなければなりません。また、その奥底に隠された本質を捉えていかなければ、対症療法での対応に追われてしまいます。その結果、常に後手に回ってしまい、競争においても、後塵を拝してしまうことになります。
複雑さが増していく状況にあって、[意思決定]には、これまで以上に、迅速かつ適確(妙を得ている)であることが求められる様になってきているのです。
[経営]には定石があり、成功事例や偉大な経営理論に則っていれば、合理的に、誰でも、どんな時でも、進むべき戦略なり施策なりを導き出すことができると考えている人たちがいます。これは、一定の状況では上手く機能していたとも言えるかも知れません。
しかし、[意思決定]に突きつけられている複雑さが増していく困難な状況にあって、本当に、定石に則った戦略を考えていれば大丈夫と言えるでしょうか。それとも、定石を是とし、敢えて、定石に反した奇策に打って出る方が有効と言える戦略があるというのでしょうか。
結論から言うと、それは“否”です。[経営]の実態を踏まえてみると、多様性や個性が重視される時代にあって、誰もが同じ様に、どんな状況にあっても、何にでも効く定石というものはないことが分かります。
実際の[経営]では、無数にある変数(事業に関わる変動要因)を同時にハンドリングし、かつ、状況に即してその値の持つ意味合いも変化させていかなければなりません。
変化が激しくなり商品のライフサイクルが短くなれば、変数の持つ意味合いも変わってきます(例えば、同じ在庫の回転率でも、プロダクトライフサイクルが短くなれば、デッドストックになるリスクは増大します)。
これまでは生産性を生産高や売上高、或いは、ROE(return on equity、自己資本当期利益率)だと解釈されてきましたが、これらは単に、投入した資源や投資に対する産出量を把握するだけのものにしか過ぎません。本当の生産性とは、顧客が獲得する価値をどれだけ顧客に提供したかで捉えていかなければなりません。
これまで上手くやれたからと言って、これからもそれが上手くいくとは限らないということです。既存の方法に固執して失敗することもあり、むしろ、成功体験が脚を引っ張ることもあります。
著名な経営理論を使えば、今の状況に即した競争戦略を導き出し、どこに経営資源を投入すれば良いか適確に[意思決定]できるというのは妄想です。
経済成長期の理論が、成熟化した社会に上手く適用できるとは考え難く、多様化しどんどん変化していく社会においては、どの経営理論を使えば上手くいくかをケースバイケースで巧みに選択し、あるいは、自ら経営理論を創造しながら進めていかなければなりません。
どんな数理モデルが社会を適確に捉えているのか自明ではありません。むしろ、数理モデルを創造すること自体が[意思決定]の仕事かも知れません。
かつて、在庫圧縮が[経営]の常識でしたが、ロングテールモデルが本というものの市場に適していると分かるや否や、ロングテールモデルによるブックビジネスがグローバル規模で市場を席巻してしまいました。
この十数年、ビッグデータという言葉がもてはやされていますが、データはそれだけからだけでは何も答えを導き出してはくれません。統計解析の技術も脚光を浴びていますが、それはあくまでも事実を捉える手法であって、それ自体が何かを語るという訳ではありません。
どんな仮説を立てて、その妥当性(事実であることの信憑性)を、どのデータを使って検証するかが[意思決定]にとっては本質の課題です。
その仮説がどういう視点で捉えた場合の事実であるかを意識しておくことも重要です。その視点そのものが多くの人たちに受け容れられるものでなければ、[意思決定]した内容も受け容れられません。
マクロにおしなべて見れば正しいかも知れませんが、ミクロに見れば多様な世界が広がっているかも知れません。多様性や個性が重視される時代に一人ひとりの意見を無視することはできません。多くの利害が絡む世の中では、総論賛成、各論反対となる場合も多いと考えられます。
データに潜む事実をどう読み取り、どの様に意味付けて、将来に向けてどんな内容の[意思決定]をするか、それこそが[経営]の大きな役割と言えます。
データは既に起こった事象を、既存の手法で採取したものでしかありません。これまでにない全く新しいことを発想するためには、そして、未来を捉えるには、仮説(アブダクション)が必要となります。
最近はSNS の情報の活用も脚光を浴びています。スマホ等でSNSに書き込まれた会話やつぶやきには、多様な人たちの全く異なる視座する視点で捉えた、組織の文化に染まった視点では思いも寄らない発想が含まれている場合があります。しかし、それは、その人たちが育んできた論点に基づくバイアスがかかっており、新発見ではありません。
SNS の情報の活用は、目には見えない新たな論点(視座する視点)や社会の中で浸透しつつあるムーブメント、トレンドをあぶり出し、その上で、どんな[意思決定]すべきか論拠を示すのに有効な手段だと考えられます。
そもそも、どの変数をどんな視点で捉え、かつ、その値をどの様に意味理解すれば良いのか、枠組みが定まっている訳ではありません。
これまでの様に、店舗の売上げを商品別だの、顧客別だのと、どんなに分析しても、店舗の周辺にどんな人たちが暮らしているか、そしてその人たちがどんな暮らし方をして、どんな購買行動をしているかを捉えなければ、何をどう品揃えしたらよいか分かりません。
多様性が重視される現在、何故、どの様なプロセスで、その[意思決定]がなされたのか、組織の中で共有された意味の形成とともに[意思決定]のプロセスを透明化することが求められている。
もし、透明性がなければ(密室で決まったとしたら)、多くの人たちの賛同は得られず、積極的な参画も望めない。どんなに良い意思決定の内容でも反発を買い、挫折してしまうリスクが高くなる。
※[経営][意思決定]等は[思考]という視点で捉えているという意味を持たせて、[ ]をつけて記しています。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一