「食に関する戦略モデル」の必要性と方向性について #308 「食」から見たこれからの時代の戦略モデル で記しました。そこで、ここでは「食」の未来を考えるとともに、「食」を通して持続可能な社会の発展について考えていくことにします。
1.企業経営の視点から見た「食」の位置づけ
「働くこと」と「食」は私たちの生活の中心にあります。また、「エネルギー」も私たちの生活に欠かすことはできません。しかし、企業経営の視点では、その扱い方が異なります。
- 「働くこと」については、有価証券報告書に人材投資額や社員満足度の記載が義務付けられています。
- 「エネルギー」についても脱炭素化への取り組みとして統合報告書に定量的指標によって情報開示しなければなりません。
- 「食」については、例えば、社員満足度への取り組みや、健康経営への取り組みの一環として記載されることがあっても、特段に記載する必要性は求められていません。
しかし、「食に関する戦略モデル」でも記したように、気候変動が「食」に影響を及ぼすことを考えれば、「食の問題」を中心に捉えて脱炭素化への取り組みを深掘りする必要があります。「食」に関わる諸問題の解決を自分事として積極的にビジネスに関係づけて、平時から戦略眼を持って取り組まなければなりません。
2.「食」に関わる社会の方向性
あらゆる食料は自然の恵みです。「食」の方向性は、この点を踏まえて、大局的な視点から考えていかなければなりません。
- 地球温暖化の影響を考えると、気温の上昇や干ばつに適した品種への切り替えが必要です。
- 乱獲などにより枯渇化していく食料資源の維持や増産(養殖)、新たな食料資源の開拓なども必要です。
- 食料自給率を高めていくためには、輸入に頼った食の国際化ではなく、食の地域化を大きく進めていく必要があります。
- 食料資源国における貧困問題を解決するためには、食料生産者の賃金を上げていかなければなりません。直観的には「食の生産性=収量」を高めることで賃金を上げていく工夫が必要です。
近代化を支えてきた「安価に手に入る食」も、これからの社会では「食料生産」「食料輸入」のコストが膨らみ、価格が上昇していく一方です。しかし、多くの人々の健康を支え、命をつないでいくためには、誰もが手に入れることのできる「食」でなければなりません。そのためには、単に「生産性=収量」、「安価な食の輸入」によって効率性を高めれば良いという訳ではありません。社会全体で「食」の新たな在り様を考えて、そのために必要とされる最適な「生産性」というものを創り出していかなければなりません。
3.食から捉えたトランスフォーメーション
現在は、高度経済成長時代のような「大量生産-大量販売-大量消費-大量廃棄」を是とする社会ではなくなりました。特に、自然の恵みである「食」は地球という限られた空間から得られる貴重な資源であり、無暗に廃棄することは許されません。この「貴重な資源」である「食」を、全ての人が手に入れて、健康を支えて命をつないでいけるようにするには、単に、食品の生産や消費の経済活動としてではなく、「食の消費」「食の流通」「食の文化」の全体を捉えて、廃棄を含めた「食」の新たな在り様を考えて、そのために必要とされる最適な「生産性」というものを考えなければなりません。
3.1. 食の消費
今日では、単に、空腹を満たせば良いということではなく、また、年がら年中、豪華な食事をしたいという欲求を満たすということでもなくなりました。特に、健康志向のもとで、健康長寿という願いを叶えられる食であること、それでも個々人の好みに合った美味しさを得られる食であることが求められています。
「食」の本質は「顧客経験価値」を創造し提供することです。「食」は家族の団らんや憩いの場を育むものです。職場の同僚や友達同士でのコミュニケーションを円滑にする場を提供するものでもあります。晴れの日にはちょっとしたご馳走であったり、普段は、忙しい時間の合間に手短に調理ができて食卓を賑わせることのできる食であったり、ファーストフードであったり、夫々の場面に合った「食」であることが必要です。
そして、そのためには、どのような食材を使うか、どのように料理するか、どのように味付けするか、どのように組み合わせてテーブルに並べるか、家庭ごみとして廃棄される食べ残しを如何に減らすかといったことを、色々と考えなければなりません。
3.2. 食の流通
「食に関する戦略モデル」で記したように、「食の流通」は、「食の顧客経験価値」を創造し提供するための仕組みです。そのためには、食品の製造業者だけでなく、食材を生産する農業や漁業に従事する業者、サプライチェーンに関わる事業者、小売や卸売りなどの販売業者、物流業者、食の循環型経済を担う事業者などからなる「食におけるビジネス・エコシステム」として捉え直す必要があります。
最近では、外食と内食ばかりでなく、中食という消費形態があり、そうした消費形態に即して「食の流通」を考えて、素材の生産過程から、食品の製造工程、物流工程、販売過程で出る食品ロスを減らす工夫が必要です。
また、特に、消費期限ぎれによる「食」の廃棄を減らす工夫に知恵を絞ることが、現在、最も重要視されている社会課題です。
3.3. 食の文化
「食の消費」「食の流通」「食の文化」は相互に依存している関係です。「食の消費」は「食の文化」の実現形態ですし、逆に、「食の文化」は「食の消費」の仕方を左右します。「食の流通」は「食の文化」を実現する手段となり、「食の文化」は「食の流通」の仕方を左右します。特に、生鮮食品においては、その傾向が強くなります。お寿司という食文化がその分かりやすい例でしょう。
最近では、世界的に日本食ブームですが、「食の文化」はグローバル化して拡がっていくものです。日本食が海外に輸出され、同時に、海外の食文化も輸入されます。拉麺が輸入されて日本の文化として定着し、そこで独自に進化して海外に拡がってもいます。いつしか、海外に輸出した日本食文化が、海外の人たちによってアレンジされ逆輸入される日が来るかもしれません。
4.食から捉えたサステナビリティ社会への変革
先に『気候変動が「食」に影響を及ぼすことを考えれば、「食の問題」を中心に捉えて脱炭素化への取り組みを深掘りする必要がある』と指摘しました。それでは、「食の消費」「食の流通」「食の文化」の視点から考えて、どのように取り組めばよいのでしょうか?
- 「食におけるビジネス・エコシステム」に属するならば、『どのような食材を使うか、どのように料理するか、どのように味付けするか、どのように組み合わせてテーブルに並べるか、家庭ごみとして廃棄される食べ残しを如何に減らすかといったことを、色々と考えること』は本業として取り組めば良いでしょう。逆に、「食におけるビジネス・エコシステム」を形成するか、属すれば良いでしょう。
- 「食におけるビジネス・エコシステム」の外部にいるならば、「食におけるビジネス・エコシステム」に属する企業との取り引きを強化していくことにより「食の問題」を起点とした脱炭素化への取り組みを深掘りすることが可能になります。
- 上記1、2では、食との合わせ技で脱炭素化に取り組んでいくことになりますが、そこまでの関与が難しい状況であっても、例えば、農水産業への従業員の副業(複業)を推奨することで、ノウハウを提供したり吸収したりすることで、取り組んでいると言えますし、将来的には、そこから新たな取り組みのイノベーション(新結合によるイノベーション)を巻き起こす可能性を育むことはできます。
- 地域に密着した産業を大きく成長させることは、地域の経済や社会の発展には欠かせません。工業で地場産業が育まれていくという考え方もありますが、労働集約の発想、ひいては、都市化の発想となってしまいます。一方、「食の消費」「食の流通」「食の文化」は労働集約というよりは、地域の人たちのネットワークによって形成されます。それは、地域の農業、林業、漁業を育むことになり、観光資源にもなります。単なる農業支援や農業従事者の高齢化による耕作放棄地問題の解決というステレオタイプの目線ではなく、自立し自律した地域独自の産業へとつながっていきます。
- 従業員やその家族の健康増進のための食育も重要な取り組みです。間接的な取り組みかも知れませんが、長期的には、欠かしてはならない取組みです。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一