1.デジタル・トランスフォーメーションの現在地
現在、数多くの企業がデジタル・トランスフォーメーションに取り組んでいます。しかし、その目的はというと、多くの場合、業務の効率化やコスト削減といった業務改革にとどまっているのが現状です。
この場合、短納期化によって売り上げを増やすという効果もありますが、低価格化競争における利益確保といったことで企業価値を高めようというのが主眼になります。また、人的資本経営の一環として、従業員の負荷を低減して残業を減らし離職を防止するという効果も見込まれます。これは一人当たりの生産性の向上にもつながります。
1.1. 業務改革のデジタル・トランスフォーメーションを評価する
この視点でのデジタル・トランスフォーメーションは、ペーパレス化(デジタイゼーション)、プロセスや業務間連携の自働化(デジタライゼーション)のみならず、組織システムそのものの変革が必要になります。
当然のことながら、業務改革の視点からのデジタル・トランスフォーメーションは、業務効率、従業員の生産性、従業員の人数や削減工数、離職率などで評価されます。
1.2. 業務改革のコミュニケーションを評価する
業務間連携のデジタル・トランスフォーメーションの中心にあるのがグループウェアを代表とするコミュニケーションシステムです。
情報を伝えたり知識を共有したりするメディアは、かつては、文書での通達、電話、FAX、対面での会議、メールシステムが主流でしたが、最近では、オンライン会議システムやソーシャルネットワークシステム(動画像の配信、チャット)が多用されています。
言葉の多義性を減らして意志を正確に伝えうるかというコミュニケーションの評価指標にメディアリッチネス(多義性を削減するメディアの特性:参考文献 #1 p.11)があります。計測装置を使って定量的に測定できる指標ではありませんが、必然的に、Face-to-face でやりとりができる対面での会議、最近では、オンライン会議システムのメディアリッチネスは高いと考えられています。
手段としてのメディアを導入しさえすれば、誤解や勘違いを無くせるという訳ではありません。また、双方向か一方向か、即時性や同報性等といった用途、秘匿性、定型の情報か非定型の情報かといった形態なども合わせて、適切に意思疎通と意志疎通がなされ、その結果のフィードバックも的確になされているかでコミュニケーションのデジタル・トランスフォーメーションを評価する必要があります。
2.本来のデジタル・トランスフォーメーションが目指すのは企業価値創造です
企業は成長しなければなりません。そのためには、如何に新たな需要を生み出すか、および、如何に顧客を増やすかが問題になります。前者への取り組みはイノベーションであり、後者への取り組みは顧客経験価値の創造に他なりません。この取り組みこそが「企業価値創造につながるデジタル・トランスフォーメーション」の本来の目的であると言えます。
2.1. 社会変革イノベーション(社会的価値創造)とデジタル・トランスフォーメーション
前者のイノベーションへの取り組みですが、社会への関心が高まっている今日においては、顧客が抱いているDEI(Diversity, Equity & Inclusion:多様性、公平性、包摂性)への思いに応えるためにも、自社の社会における存在意義を実現するためにも、自社だけでなく販売業者や供給業者と協業して社会的価値を創造し、顧客だけでなく様々なステークホルダーに訴求していかなければなりません。この取り組みは、社会に視座を高めたイノベーション(社会変革イノベーション、すなわち、ディスラプション)に向かっていきます。
社会変革イノベーション(社会的価値創造)のためには、社会への影響力を発揮することが求められます。そのためには、政府や行政などの政策決定機関、社会インフラを供給している事業者、サプライチェーンから販売チャネルに至る様々な販売業者や供給業者、アップサイクル・リサイクル事業業者、物流事業者など、ビジネス・エコシステムに関わる人たちの間で、社会の中における企業の存在意義(パーパス)、社会の趨勢や思い描いている社会発展の方向性、経営理念(マネジメントフィロソフィー)、ミッション・ビジョン・バリュー、個々人の果たすべき役割、なすべき行動などを共有する必要があります。
2.2. 顧客経験価値創造とデジタル・トランスフォーメーション
後者の顧客経験価値は、製品やサービスのスペックといったプロダクトアウトの発想では創造できません。まさに、顧客に寄り添って、その顧客だけに提供される、感動のストーリーを実現してくれると感じる価値です。
顧客経験価値には、当然のことながら、長年にわたり直接顧客と接点をもつ担当者しか分からないことが含まれます。また、顧客経験価値を創造するためには、個々の担当者(さらには、自部門、自社)だけでは実現できないこともたくさんあります。販売チャネルだけでなくサプライチェーンに遡ったビジネス・エコシステムに関わる多くの人たちの献身的な協業が必要になります。そのためには、担当者から提供される情報(個人情報を除き、実現したい感動のストーリー)の共有が必要になります。
3.企業価値創造のデジタル・トランスフォーメーションを評価する
3.1. 顧客経験価値や社会的価値創造における業務連携に関わるコミュニケーションを評価する
顧客経験価値や社会的価値の創造においても業務間連携が必要であり、そのためのデジタル・トランスフォーメーションの中心にはコミュニケーションシステムがあります。その評価も、上記メディアリッチネスが関わり、誤解や勘違いされること無く、用途等に即して、適切に各業務で意思疎通と意志疎通がなされて業務が遂行されたかで評価することになります。
3.2 顧客経験価値や社会的価値創造のコミュニケーションを評価する
顧客経験価値や社会的価値を創造するビジネス・エコシステムでは、サプライチェーンから販売チャネルの各業務に携わる個々人間で直接的にコミュニケーションが図れるわけではありません。むしろ、創造すべき価値に関する知識や情報が、ビジネス・エコシステムに関わる個々人の間で、献身的な協働に結びつくまでに共有されていることが重要であり、そのためには、高度なレベルでの意思疎通と意志疎通のできるコミュニケーションが必要になります。
ビジネス・エコシステムのコミュニケーションシステムを評価するためには、ビジネス・エコシステムを通して、どのように価値が創造されているかを見ていかなければなりません。意思疎通と意志疎通する内容にまで踏み込んで、何がどの程度共有され、どのような行動が引き起こされ、それが適切であったかを評価する必要があります。
3.3 意思疎通と意志疎通を評価する
先に、未来への歴史のコラムでは、創造的意欲を掻き立てるコミュニケーションの要件、「意志疎通」のできるコミュニケーションの要件 、思考せずに思慮深くあるコミュニケーション 、リフレクション(納得し腹落ちする対応策を見出すこと)について示しましたが、これらの要件がどの程度のレベルで実現されているかで評価できると考えます。
4.企業の社会の中で存在し続ける本当の企業価値
これまで言われてきていた競争優位性は経済的価値につながります。一方、これまで記してきた、ビジネス・エコシステムを通して意思疎通と意志疎通のできるコミュニケーションシステムは、他社に真似のできない希少な優位性を構築するものであり、社会に対する影響力を発揮する源泉となるものです。
この希少な優位性と社会への影響力こそが、企業の社会の中で存在し続ける企業価値なのです。そして、何よりも、こうした企業価値の源泉となる意思疎通と意志疎通のできるコミュニケーションが可能な組織システムこそが、本当の企業価値と言えるでしょう。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一
【参考文献】
- 伊東俊彦、堀内正博、『企業における電子メールの有効領域に関する研究 -メディアリッチネスとコンテクストの視点から- 』、日本経営システム学会誌,Vol.18,No.2(March 2002) 、2001.11.20受理。