#293 自立と自律 自己実現ではなく生きる目的の実現

最近では「パーパス経営」という言葉がしばしば使われます。「パーパス “Purpose”」の意味は、辞書には『1.(人・行為などの)目的,目標,意図;〔~s〕用途,理由 2.生きがい,(目的達成の)意志』(小学館「プログレッシブ英和中辞典(第5版)」、コトバンクより検索)と示されています。

ビジネス用語としては「存在意義」といった意味で使われていますが、極めて抽象的で曖昧な言葉だと思います。当社では「企業の存在意義」「個々人の生きる目的」といった使い方をしています。従って、パーパス経営とは「企業の存在意義」と「個々人の生きる目的」を共有(共感)し、その共有されたパーパスを中心軸として、皆が協働することと大まかに定義しています。

特に、最近では、営利企業においても環境や社会視点での経営が求められています。企業には社会の中委における「存在意義」が問われています。個々人としても、ワークライフバランスという言葉が使われているように、「仕事一途」というよりも「自分の人生をどう生きるか」、すなわち「個々人の生きる目的」を大切にしようという機運が高まっています。

大量生産・大量販売・大量消費・大量廃棄の経済成長モデルの時代に、A.H.マズローが欲求段階説を提唱しましたが、この説では、人間の最上位の欲求段階に「自己実現」が位置づけられていました。人間は時計の歯車のように働くのではなく、欲求を持って働いており、その一番上には「自己を実現したい」という欲求があるということです。

しかし、大量生産・大量販売・大量消費・大量廃棄の経済成長モデルにおいて、「自己」とは誰を指していて、「実現」したいこととは何だったのでしょうか? この時代の企業の存在意義は「利潤の追求」であったし、その意味では「自己実現」も「自分の人生をどう生きるか」であったとは考えにくいことです。

多品種少量生産・経験価値の販売(提供)・経験価値の消費・少量廃棄の経済成長モデルへと向かっていく今日でも、慣習的に「自己実現」という言葉が使われています。例えば、人事管理の分野における教育が「自己実現」と結びついていて、スキルアップしてより高度な業務をこなせるよになり、キャリアを積んで、高額の報酬を得られるようになるというストーリーが「自己実現」として示されています。

働くことは人生にとって最も重要なことです。しかし、人生には働くこと以外にも、例えば、子育てもそうですし、家族団らんもそうですし、地域社会とのつながりもありますし、趣味などの打ち込みたいことだってたくさんあります。老後の人生でやりたいことの準備もあるでしょう。それが「自分の人生をどう生きるか」です。

環境や社会視点が求められている今の社会にあって、個々人の意識も環境や社会視点に広がり、かつ、深まってきています。人それぞれにある価値観は多様ですし、多様性が重視される今日にあって「自己実現」を単純に「自分の人生をどう生きるか」に当てはめることはできません。むしろ、これからは、「自己実現」ではなく「個々人の生きる目的の実現」とすべきではないかと考えます。それが、労働時間の管理ばかりでなはく、価値観の視点からも、真の意味でのワークライフバランスということになります。

「個々人の生きる目的」を持って生きることは「自立」していることでもあり、「個々人の生きる目的を実現」するためには、他人から指図されて成し得ることではなく、「自律」していなければ成し得ないことです。

冒頭でパーパス経営について記しましたが、「企業の社会の中での存在意義」と「個々人の生きる目的」が融合することで「企業の社会的価値の創造」が実現されていきます。今日の合理的組織とはそういうものであると考えます。

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

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