#104 知識を超えた知性がイノベーションを生み出す

 事業が事業として成立するかということばかりに執着して囚われている思考停止の経営には発展性がない。そうした思考停止の経営を脱していくためには、知識を蓄積して、その知識を進化させていく経営がある。しかし、そもそも、事業を事業として成立させていくためには方法論(定石)が必要であり、また、事業化した事業について培ってきた知識が必要である。一方、イノベーションを興すには、知識を超えた知性が必要である。
 ここで、知識とは、教科書知識、経験知、慣習がある。事業を事業として成立させていくための経営学の様々な方法論は教科書知識である。経営学に見られる教科書知識は色々な個別の事例を精査して統計的に正当性が認められた公知の知識である。経験知は自己の経験によって獲得された知識である。組織の中で文書化やマニュアル化された形式知や個人に蓄積された合理的な方法や技能などの暗黙知がある。慣習は長い伝統のなかで培われた行動様式である。
 知識は、過去に経験したことを体系化したものである。組織の中で知識は、研修やOJTのという体験を通して個人の中に暗黙知として獲得され伝達されていく(共同化“Socialization”)。各個人は獲得した知識を咀嚼し、実践で合理的に活用していけるように手順化するなどの工夫をする(表出化“Externalization”)。こうして整理された知識は、組織の中で共有されたり、個人の中での様々な業務との間で結び付けられたりして、更に体系化されて整理されていく(連結化“Combination”)。各個人は日々の業務の中で研鑽し自己のものとなるように深めていく(内面化“Internalization”)。このプロセスはSECIモデルとして体系化されている。このSECIモデルは、自社内でこれまでに築き上げてきた事業であり社会においても既存の事業に対して進行していくプロセスである。そしてこの知識は、高機能化やコストダウンに対して有効である。
 事業を通して獲得した知識をいくら深めても、所詮は、事業(実現化された既知の知識)と市場(顧客)が認識した価値の間における閉じた進化でしかない。しかし、顧客が顧客自身の中で認識されていない(社会が気づいていない)ニーズもあり、顧客のニーズの根底にある本質を洞察することにより新たな気づきが起きることもある。こうした洞察をもとに顧客の気づいていないニーズを事業化して提供していくことは、すなわち、事業の付加価値の提供ということに他ならない。
 一方、事業に内包された機能は社会の発展を促し、社会の発展は新たな社会の発展への欲求を生み出す。事業を超えたところ(組織の中では気づいてこなかったところ)に、社会に認知された社会発展への要求、すなわち、新たな大義が生まれる。この欲求を実現しては新たな社会の発展に貢献していくことは価値の創造に他ならない。
 大義のもとで実現したい未来社会に思いを馳せるということは、社会の中で認識されていない新たな社会における価値を創造するということである。これは事業化される前の、個々の思いの中に芽生えた新たな社会における価値への気づきに端を発して生起する。そして、今と異なる未来社会の新たな姿の緻密なデザイン、および、様々な要素が絡み合って変化していく中でも動じない信念のもとでの地道な活動によって、未来社会は創造されていく。このプロセスこそがイノベーションを興していく道筋である。まさに、イノベーションは、知識を超えた知性によって育まれていくのである。

【広辞苑第六版(抜粋)による言葉の定義】
 知識:ある事項について知っていること。また、その内容。知られている内容。認識によって得られた成果。
    厳密な意味では、原理的・統一的に組織づけられ、客観的妥当性を要求し得る命題の体系。
 慣習:ある社会の内部で歴史的に発達し、その社会の成員に広く承認されている伝統的な行動様式。
 知性:頭脳の知的な働き。知覚をもととしてそれを認識にまで作りあげる心的機能

参考文献
・野中郁次郎、竹内弘高(共著)、梅本勝博 (翻訳)、『知識創造企業』、東洋経済新報社、1996

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

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