高度経済成長期は画一的な商品の大量生産・大量販売・大量消費の時代であった。その後、経済は成熟化し社会も成熟化した。それは、工業化による近代化の時代(モダンの時代)からポストモダンの時代への転換であり、誰もが皆と同じでなければならない社会から自分らしさを追求し多様性を受容する多元的な社会へと、一人ひとりの意識がレベルアップしたことを意味する。
自分らしさを追求する社会は、個性が重視される社会であり、一人ひとりが他者と異なる個性を確立すること、他者の個性を受容する度量を持ちうることの両方が求められる。そのためには、まず、自分の得意分野を見つけ、自分の本当にやりたいことを見つけなければならないが、精神的に自立して自分の意志を持ち、自らの道を追い求めていく確固とした信念を築いていくことが必要である。周囲の環境変化に対して自らの判断で行動したり、内発的に動機づけられて行動したりすることができるということは、自立した人間として自律して行動できるということである。
一方、人は、知らず知らずのうちに、自分なりの価値認識、生まれてからの経験や学んだ知識に基づく固定観念、自我を持って生きており、これを変えることは難しい。他者の意見がどうであれ、自分の考え方を通そうとして相手を論駁することは必ずしも自立しているとは言えない。多様性を重視するということは、他者の存在を意識するだけでなく、他者のやりたいと思っていることと、自分のやりたいと思っていることをすり合わせて、より高い思考によって共に成り立ちうる道を見つけ出していくことである。そうした高い思考が組織の中に一体性を醸し出していく。尚、他者、特に上司の意を汲んで行動したり、忖度したりすることは、一体性を持たせる行動ではない。それは、組織の中での自己保身の行動でしかない。
成果主義の導入で、組織の中にいる一人ひとりは目標を課され、権限委譲により目標を達成するための行動は自己裁量とされるが、その反面、主体性と責任を課せられる。一見すると、自己の確立が重視されている様に見えるが、目標の達成で個々の意志を拘束し、報酬という外発的動機づけに行動を促しているに過ぎない。成果主義は自己の確立を抑え込む制度でもあり、結果として、言われたことだけをする人たちばかりの集団を作り上げてしまう。
自己を確立することは難しいことであるが、グローバル化しボーダレス化した社会にあって、企業が生き残っていくためには、生産性の向上ではなく、他社と異なる価値を創造しうる能力を蓄積していくことが必要である。そのためには、多様な自分独自の能力を持つ人たちが一体性を持って未来社会における価値を構想し、破壊的イノベーションを興し得る能力を養っていかなければならない。
社会の中に自己を確立した人を育てていくには、①子供からの教育の在り方を個性や独創性、得意分野への能力を伸ばすカリキュラムに変えることが必要であり、②企業の目的に合致する自己を確立した人を厳選して採用することも必要である。③そして、その上で、企業の中で自己を確立した一人ひとりの多様性を認め、互いに一体性を規範として行動できる文化を育んでいくことも必要がある。
かつては、企業内留学という形で、社員を会社のお金で海外のMBA等に留学させていたが、現在では、その効果が疑問視されて、その数を減らしつつある。しかし、こうした制度の流行は、日本の大学や企業に人を育成しうる能力開発の意欲と技量がなかったことの現れである。また、成果主義の名の下で、報酬ばかりに目をやって人を動機づけるという制度や企業文化が多様な個々人の中に内発的に湧き起こってくるやる気を削いできたことも改善すべき点である。これからの社会の発展に向けて、今こそ、自己を確立する人材を育成し、多様な人材が能力を発揮できる日本独自の制度づくりに取り組むべきであろう。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一