ビジョンは理念ではない。ビジョンがきちんとしたレベルに達していないとイノベーションを巻き起こすことはできない。逆に、イノベーションを起こし得るためには、ビジョンが必要である。
目の前にある問題の解決や新しい技術を使って描いたとしてもビジョンにはなりえない。世の中はデータで溢れ、様々な理論化された経験知が共有されている。しかし、これは未来社会を描いたものではなく、過去の事象の理解の仕方に過ぎない。人には大義がある。社会の問題を解決したいとか、社会の発展に貢献したいとか様々であるが、そもそも、どんな社会にしたいのかが描かれていない。ビジョンを描くということは、未来の社会システムをデザインすることに他ならない。
未来の社会システムをデザインするとは、単に、新たな技術により便利になった暮らしを描くことではない。新たな技術には必ず、社会の発展にとってプラスになる部分だけでなく、マイナスになる部分がつきまとう。新たな技術が社会にどの様なインパクトを与えて、社会がどの様に発展していくか、社会学や哲学的知見による検証が必要であり、倫理的視点から検証して制度設計をすることも必要になる。一つの技術革新が他の技術にどの様に影響し、相互作用を起こしていくか、すなわち、産業構造の変化とそれにともなう経済構造や雇用構造の変化も意図しておかなければならない。そして、それらすべてを社会システムのダイナミクスとして描き出されて初めてビジョンが描けたということになる。
イノベーションとは、技術革新ではなく、社会システムの変容という現象である。ビジョンが社会システムのデザインのレベルに達していなければ、イノベーションを巻き起こすことはできない。社会システムのデザインというレベルでのビジョンを実現するには、深慮遠謀の戦略が必要となる。そしてさらに、その戦略を具体化していくためには、ビジョンに心の奥底から共感し、戦略を理解して内発的に自律行動する一人ひとりからなる組織がダイナミックに動いていなければならない。
多様な価値観の人たち、多様な知識を持つ人たちがただ単に集まっても、また、そうした人たちが手柄争いをしていてもビジョンの実現には至らない。社会が多岐にわたり発達してきている現代にあっては、多様な価値観の人たち、多様な知識を持つ人たちが、トップダウンで言われたことに従って行動するのではなく、ビジョンに共感してダイナミックにネットワークを築いて結びつきながら、相互に相乗効果を引き起こして行動していかなければならない。
サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一