#300 戦略眼と現実解 新たな企業価値の創造とディジタル・トランスフォーメーション

1.企業価値を高める経営とディジタル・トランスフォーメーション

企業価値は多義的な用語ですので、一概にこうだと定義することは難しい概念です。しかし、経営者や投資家、経済動向や生産性で社会と捉えている人たちをはじめとして、ファイナンスの視点で捉えている人は多いと思います。時価総額やEV(Enterprise Value)が代表的といえます。また、将来にわたりどれだけを稼ぎ出せるかも重要な捉え方です。株式上場を目指す企業にとっては類似する企業の株価から推定することになります。

いずれにしても、これら企業価値を高めるためには、業務効率を高めてより多くの利益を得るためのディジタル・トランスフォーメーションに視点が当てられます。おそらく、日本の多くの企業のディジタル・トランスフォーメーションへの期待やイメージもそこにあると思われます。

2.企業価値創造の経営とディジタル・トランスフォーメーション

しかし、アイデンティティが重視される今日、また、人口が減少していく社会においては、大量生産・大量販売・大量消費・大量廃棄の経済成長モデルによって長期的に企業が成長していくことは想像しがたいことです。そこで、多品種少量生産・経験価値の販売(提供)・経験価値の消費・少量廃棄の経済成長モデルが企業経営に求められるようになってきています。このような社会発展の方向性を踏まえた企業価値は、既存事業に基づいて評価することはできません。経験価値の提供と消費、多品種少量生産と少量廃棄に対応しうるイノベーションを含めた企業価値の創造が求められます。

そもそも、グローバルで認知されているディジタル・トランスフォーメーションは、こちらに視点が当てられています。日本人はとかく業務改革(効率化とコストダウン)を考えがちですが、そうではなく、経験価値の提供と消費のためのディジタル・トランスフォーメーションを考えていかなければなりません。

3.ビジネス・エコシステムとディジタル・トランスフォーメーション

それでは、どうしたら良いのでしょうか? 

最も大事なことは、マクロマーケティングの発想を個々人に目を向けたマーケティングに転回することです。そこでは、消費者をステレオタイプに捉えずに、個々人の人生で捉え直さなければなりません。そのためには、個々の顧客と直接の接点を持つ販売チャネル業者との連携が必要になります。また、個々の顧客のニーズに即応できる仕組みとしてサプライヤとの連携も必要になります。素材やデザインにこだわる顧客の要望に応えるためには、流行の先読みをしておくことも必要です。品質は当たり前のことであり、品質機能展開(QFD)に取り組んでおくことも必要です。これらはビジネス・エコシステム(#1)(#2)として構築されることです。

このレベルの要求に対応するには、まさに、ICTの力が必要になります。それが、本来のディジタル・トランスフォーメーションです。これは現場レベルの業務改革では成し遂げられません。経営者のトランスフォーメーションへの強い意志とリーダーシップが必要となります。

デジタル・トランスフォーメーションを一気に進めていくには、現場の混乱を招かないように「まずは、できるところから始めましょう」となります。それは、ペーパレス化(デジタイゼーション)だったり、業務の自働化(デジタライゼーション)だったりです。何も、ビッグバン方式で変革する必要はありませんが、個々人に目を向けたマーケティングに転回すること、ビジネス・エコシステムを構築することからディジタル・トランスフォーメーションが考えてなければなりません。

4.新たな企業価値を創造する経営とディジタル・トランスフォーメーション

現在、企業にはサステナビリティの視点での経営が求められています。ただ、サステナビリティに対する経営の関心はESGです。それは環境や社会の視点からリスクを捉えてマテリアリティ(重要課題)を特定し、事業に対してガバナンスを効かせて対応していくという流れになります。また、多くの企業では、既存のコア事業をSDGsの17目標に対応づけてサステナビリティへの対応を強調しています。

しかし、本質的に重要なことは、社会の趨勢と社会発展の方向性を捉えて、社会発展のために自分たちが生み出す社会的価値を定義し、実際に社会の中でどのような役割(社会的機能)を果たすべきかを考えて実現化していくことです。これは「社会に変化を生み出す」ということでもあります。そこにこそ「企業の存在意義」があります。

ビジネス・エコシステムは自然の生態系(エコシステム)ではありません。あくまでも経営モデルの一つです。しかし、アナロジーで考えるなら、ビジネス・エコシステムを構築するというよりも、社会という全体系に生息するひとつの企業(存在)でしかないという発想の転換も必要です。自然の生態系(エコシステム)においては、どんな命も欠かせない存在です。適者生存も生態系の一つの形かも知れません。かつての経済成長モデルにおける企業の競争優位性もそうした発想から成り立っています。しかし、グローバル社会にあって、人権への意識が高まっている今日、競争優位性だけでは、企業の価値を考えることはできません。むしろ、他の企業では真似のできない、代替されえない希少な存在にならなければなりません。これは、ビジネス・エコシステムの中での「企業の存在意義」であり「新たな企業価値を創造する」ということです。

これはデジタル・トランスフォーメーションが目指していく本来の目的です。すなわち、「社会に変化を生み出すようになる」ことこそがデジタル・トランスフォーメーションです。

サステナブル・イノベーションズ株式会社 代表取締役社長 池邊純一

【参考文献】

  1. ロン・アドナー著、中川功一(監修)、蓑輪美帆(翻訳)、『エコシステム・ディスラプション――業界なき時代の競争戦略』, 東洋経済新報社、2022.8.11
  2. ロン・アドナー著、清水勝彦(翻訳)、『ワイドレンズ―イノベーションを成功に導くエコシステム戦略』, 東洋経済新報社、2013.2.1

 

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